2年間のOL生活を経て20歳でお菓子の世界へ。一度はパティシエールから離れるも「自由な環境でお菓子をつくる仕事がしたい」という一心で、独立開業。2009年にネット通販から始まったお店は、路面店をオープンするまでに成長しました。小野さんがどんなプロセスを経ていまに至ったのか、ここまでの苦労や思いについて語ってくれます。
|パティシエール転職のきっかけ|
「刺激のない毎日」から抜け出したくて。 |
高校を卒業して2年間は、OLとして働いていました。何となく就職したんですけど、会社と家の往復で刺激のない毎日。「このままじゃダメだな、何かやりがいのあることをしたいな」と思い直し、昔から好きだったお菓子づくりを仕事にしようか、と。じつは前から憧れはあったのですが「職人の世界はハードル高いかな」と思って躊躇してたんです。でも、適当に仕事して、遊んでという日々は、もう送りたくなくて。
で、ある日、姉と一緒に近所のカフェでケーキを食べに行ったとき「公美ってケーキにかなりのめり込んでるね」って言われたんです。それまで自覚していませんでしたが、自分がただ食べるだけじゃなく、食べながら断面をのぞいて「ここ、こんなの入ってる!」とか「こんな構造になってたんだ!」とか、ケーキのつくり方に人並み以上に興味があるっていうことに、あらためて気づかされて。そのとき「よし、パティシエールになろう」って決めました(笑)。ただ、いきなり技術もないのに転職って訳にはいかないので、まずは学校へ通って技術を覚えようと思いました。OL時代に「とりあえず貯めておこう」と続けていた貯金もありましたし、学費はそれでまかなえるなと。
|学校はどう決めた?|
卒業生にも飛び込み訪問し、いろいろ聞いて。 |
*スクール見学会:夜間部への入学を考える方々向けのイベント。実際の授業を見学できたり、入学や就職に関してのさまざまな相談もできる。
|在学時の思い出は?|
実習で「基本の奥深さ」に触れたこと。 |
思い出に残っている授業は、最初の頃にやった「スポンジ」。製法の違うスポンジを幾つもつくって比べる、みたいな感じだったと思いますが、「スポンジ1台でこんなに気をつけるポイントがたくさんあるのか」とか「こんなにいくつも製法があるんだ」とか、その奥深さや面白さを実感したのを覚えています。あらためて思い起こすと、スポンジやパウンド、クッキーなど、基本的な実習は楽しかったな、と。そう思うと、そのときの経験がいまのお店につながっているのかも知れません。ひたすら生地と向き合う毎日ですから。
|在学時のアルバイト|
学校に紹介してもらったお店で。 |
入学後のアルバイトは、学校のアルバイト斡旋制度で見つけたお店。百貨店などで飲食店を展開している会社のサロン・ド・テ*1部門がありまして、昼間はそこでデセール*2を勉強させてもらっていました。店長がたまたま東京製菓学校出身の方で、夜間部に通うことにすごく理解があって、授業のある日だと、忙しくても「上がっていいよ」って学校優先にしてくださいました。勉強しやすい環境で働けたことは、とてもありがたかったと思います。
*1 サロン・ド・テ:フランス語で「ケーキなどを食べながらお茶を楽しめるお店」のこと。
*2 デセール:「アシェット・デセール」の略。コース料理の後に供されるデザートのことを指します。
|就職~独立へ|
就職〜離職、そして独立開業へ。 |
就職は、専門的なパティスリーに勤めてみたかったので、学校の求人から地元のお店に入りました。その後お店を移ったりしながらもパティシエールとして仕事を続けましたが、繁盛店でしたし、クリスマス前の繁忙期とかは毎日くたくたになりながら仕事していました。まだ若かったので、そんなときに周りの友だちが休みの日に遊びに行ったときの話とか聞いてると、羨ましくて。それで、一度はこの仕事を断念してしまいました。
辞めたけど、それでもお菓子から離れるのは寂しくて。デパ地下の派遣で販売の仕事をしたりしながら2年半ほど過ごしていたのですが、やっぱりつくりたくなったんですね、お菓子を。でも、現場に戻るのはピンとこなくて。
それで「何か別の形でお菓子に関われないかな」と考え始めた頃、友だちから誘われて、シフォンケーキをネット販売をしている方の講演会を聴く機会があったんです。事業を始めるきっかけとか、生活がどう変わったかとか、そういうお話でした。まだいまほどネット販売が普及していませんでしたし、腕に自信を持てるほどの経験もなく、当時は独立というのはまったく発想になかったのですが、「素人で始めたのにシフォンケーキで成功した」と聞いたら「自分でも何とかなるんじゃないか?」という甘い考えがよぎりまして(笑)。それで「やってみよう」ということになりました。
|独立後のプロセス|
人とのつながりで、徐々に軌道に。 |
2009年の9月にネット販売を始めたのですが、最初はいろいろな種類のケーキをやっていたせいもあってか、全然売れなくって。専用の工房を借りていたんですけど、その家賃も払えないし、ホームページも当時は外注してつくってもらってたり、そのほかのリース代やらなんやらで、もう大変なことになりました。だから、ほかのバイトで穴埋めをしながらネット販売を続ける、という日々でした。2,3年続けましたが、かなり暗黒な時代です(笑)。
それが、パウンドケーキに特化した『くみぱうんど』を立ち上げてから、少しずつ軌道に乗っていきました。リピーターになってくださったお客さまを通じて「この前いただいたんだけど、美味しかったから」と、買ってくださる新しいお客さまが少しずつ増えていきました。食べてくださった方からのひとつ一つの小さなつながりが、徐々に広がっていったんです。
ネットと並行して行ったマルシェへの出店も、後押しになりました。革製品やインテリア小物の職人さんなどが集まったマルシェがあちこちであって、そこのお菓子コーナーに出店し始めたのですが、最初「お試しの1個」だったものが、出店が2回目、3回目と重なっていくと、同じ方が3個,4個,5個と買ってくださる数が増えていって。あとはブログですね。その頃はちょうどブログ全盛期の直前。今度は独学で勉強して、自分でホームページを立ち上げていました。そのホームページやブログがけっこう見ていただけていて、「サイト見て来ました!」という方や、「この間ブログ読んだわよ」と声をかけてくださる方も。ネットだけでは実際どういう方が食べてくださっているのかよく分からない部分もありましたが、こういう風に人のつながりで(お客さまが)広がっていくものなんだな、ということを実感させられました。
|パウンドへのこだわり|
大切にしている「香りと味のインパクト」。 |
専門店としてショップを立ち上げる際、ロールケーキやタルトも候補でした。自分が何を一番大事にしたいかを考えたとき「素材ひとつ一つの味をより引き立たせたい」という思いがあって、「どれが一番自分が思うような素材の味を生かせるか」をいろいろ試作してみた結果、パウンドケーキに行き着きました。私の場合は、パウンドだといろいろなアイデアが浮かんだし、具体的な展開が見えるな、と。
商品で大切にしているのは「香りと味のインパクト」。例えば “ゆず” なら「生よりも少し焼き込んだほうが味が凝縮されて、際立つ」んです。ちょっとした工夫をしながら、素材の美味しさをパウンドケーキによって最大限に引き出すことにこだわっています。はじめは定番5種類と、季節限定1種類の計6種類の展開でスタートしました。いまはない商品もありますし、定番として残っている商品もあります。当初はきな粉やごま、抹茶など「和の素材」が多かったのですが、路面店をオープンさせてからは、それが「国産のローカル素材」というテーマにシフトしてきています。もともと生まれ育った町ですし、近隣の方たちとのつながりもできて、「さいたまでこんなにいろいろなものが採れるんだ」という発見もあって。最近は埼玉産の粉を使ったり、地元の農家さんを紹介していただいて、地物のレモンやグレープフルーツ、ゆずを使ったりもしています。
|そして実店舗へ|
お客さまとのふれあいが、何よりの喜び。 |
路面店を開くきっかけは、ひとりで黙々とつくり続ける生活を「ちょっと変えたいな」と思ったこと。知り合いに教えてもらった小さなカウンター形式のお菓子屋さんで「あ、こういうやり方もイイな」と、閃きました。つくりながら接客もできるから、これならできるんじゃないかと。それで物件探しを始めて、この場所が2軒目。ひとりで始めるつもりでしたから狭くてもいいと思っていましたし、人通りもちょうどいい。スイーツ激戦区なんですけど、うちはパティスリーではなく、コンセプトもターゲットも違う。それで「ここだっ!」と思って即決しました。
そこからは、売れなかった暗黒時代を知っていて「大丈夫なのか?」と心配する家族の説得に2か月を費やし、10月からの2カ月で開店の準備を進め、12月にオープンしました。「木を使った温かみのあるお店にしたい」という思いがあったので、内外装は友だちに頼んだり、できるところは自分でもやったり。外のニス塗りや店内の木枠づくりなど、本当に手づくりなので、あちこちに思い出がいっぱい詰まっています。
オープン当初は、ネットで買ってくださっていたお客さまやFacebookでつながっていた方々が来てくださいました。看板が見えづらいこともあり、地元の方には最初はあまり気づいてもらえませんでしたが(苦笑)、徐々にリピーターの方も増えていきました。いまは7割くらいがリピーターのお客さま。お子さま連れの親子とかも多いです。お土産やギフトなど、お遣いもので買ってくださる方も少なくありません。
路面店をやって一番うれしいのは、お客さまが「美味しい」と言ってくださって、またお店に来てくださるのが「実際に見える」こと。これが、何にも勝る喜びです。頑張ったぶんだけ自分に返ってくるとわかるし、お客さまが喜んでくださることが何よりうれしいことなんだ、と実感します。自分で看板を背負ってやっているだけに喜びは大きいですし、「ほかに足りないところはないかな」と、新たなモチベーションにもつながっています。そもそも人と話すことが好きなので、お客さまとの何気ない会話を楽しんでいます。
|これからの目標|
セントラルキッチンのあるお店を。 |
お店のほかにも、菓子店運営などに関するメルマガ執筆や、チーズを扱う商社さんのオリジナルパウンドケーキのレシピ開発をさせていただいたり、この春からはケーキ教室の開催など、いままでに出会った方々との関わりを通じていただくお仕事にも、できる限り挑戦しています。ブログやFacebookでつながった方々とのご縁も大切にしていきたいので。また、最近はブログからInstagramに移行中。これからもっと充実させていきたいと思っています。
おかげさまで、たくさんのお客さまに支えられながら、充実した日々を過ごしています。いまは高校時代の同級生も入ってくれて、2人でお店を切り盛りしています。私は奔放な性格なんですけど、彼女がしっかり者なので、お尻を叩かれつつ(笑)、一緒に頑張っています。つぎはセントラルキッチンのある大きめのお店にしたいね、というのがふたりの目下の野望。そのためにも、催事出店なども積極的に行なって、みなさんに『くみぱうんど』を知っていただく機会をもっともっと増やしていきたいです。
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この業界をめざす人たちに私なりに伝えたいのは、「まずはやってみてほしい」ということ。考えてるだけなのと、実際にやってみるのは、全然違います。考えているだけでは前になかなか進めませんが、やってみたうえで迷ったり悩んだりしても、相談にのってくれる人が現れたり、仲間もできたりします。「思っているよりも怖くないよ」と言いたいですね。やった先に広がりもできるし、自分も成長できるから、迷っているなら是非やってみてください。少なくとも私は、そうしてここまでやってこられました(笑)。そのぶんの充実感、保証します。
2015年オープンの、パウンドケーキ専門店。「素材への愛情がいっぱい詰まった、ほっこりする味わい」が、浦和のみならず、全国のファンを虜にしています。
~小野さんのオススメ~
○プレーン:くみぱうんどの基本となるシンプルなパウンドは、素材のやさしさを感じる、どこか懐かしい美味しさ。
○お抹茶の大納言:理想の口どけを求めて試行錯誤を重ねた自信作。宇治抹茶と北海道産大納言のハーモニーは絶妙。
埼玉県さいたま市浦和区仲町3-8-12
050-1300-8426 / 048-762-6448
11:00~19:00
月曜定休