『甘味処 楓』の店主、石渡さんは、宝石鑑定士、広告代理店の営業、塾の講師などを経て、和菓子を学びお店をオープンした、風変わりな経歴の持ち主。いろいろな経験の後、和菓子店の独立開店という目標にどのように辿り着いたのでしょうか?
|和菓子の道を選んだ理由|
好きな分野で独立を。その答えが和菓子でした。
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実家がホテルを経営していたこともあり、小さい頃から「いつか独立して自分の会社を持ちたい」と考えていました。社会人の最初のキャリアは、宝石鑑定業。「とにかく手に職がつく仕事に就こう」と考え、独立に備えて資格も取得したのですが、結果的には自分に合う仕事ではありませんでした(苦笑)。その後広告代理店の営業や塾の講師もやりましたが、長く続けられることをしたいと思い至り、それならば好きなものを仕事にしようと考え、お菓子の世界に進むことを決めました。
当時はパティシエブームだったので洋菓子にも興味があったんですが、逆に競争が激しいかなと。パンも独立開店に向いているな、と悩みましたが、結局、自分が大好きだったお酒と甘味に関われる、和菓子の道を選ぼうと決めました。
|学校選びの決め手|
「卒業後もフォローし続けますよ」というひと言。
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和菓子の道を志したとき、すでに30歳。将来的な時間も限られているなかで、効率的に技術を修得しようと思うなら、学校に行くのが一番だと考え、いくつかの製菓系の専門学校を調べて、夜間部のある東京製菓学校を見つけました。夜に勉強できるなら、昼間は自由なので勉強にも仕事にも充てられるな、と思いまして。
学校見学に行ったとき、対応してくださったスタッフの方が「在学中の2年間だけでなく、卒業した後も10年、20年先までフォローし続けるから、仕事の心配はしなくていい。大丈夫です。」と言ってくれて。こちらの心配や不安を見越して、そこまではっきり言ってくれたのは、大きな安心になりました。正直、これが決め手の一つになりましたね。
|学びのスタンス|
自分の技術の基礎=「芯」をつくる、という思い。
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年齢もあったし、最初から独立という明確な目標がありましたから「こんなふうにしたい」「こんな菓子をつくりたい」という知識欲や吸収力は、人より高かったと思います。だから実習では「人よりひとつでも多くつくりたい」と思ってやっていました。失敗できるのは学生時代だけ。失敗から学べることは多いので、繰り返しつくる試行錯誤を通じてベストの配合を探したり、いちいち先生を捕まえては質問を浴びせ、いろいろなことを聞きまくったり。それは、学校の授業を通じて、自分の技術の基礎、「芯」をつくっていくんだ、という思いがあったから。実習で学んだお菓子は家に帰っても復習し、寝る時間を削って身体に覚えさせていました。卒業後半年で独立開店できたのは、そうした積み重ねの結果かな、とも感じます。
|学校の良いところ|
社会に出て身にしみる、先生のレベルの高さ。
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東京製菓学校の良さは、「本に載っていない」「友だちや知り合いにも聞けない」ようなレベルの知恵や技術を教えてくれる先生方のレベルの高さ。社会に出てみて、これは本当に身にしみて感じています。理論と実践を両方教わることができた。学んで、そして手を動かすと「覚えが早い」んですよ、やっぱり。
また、クラスメートに和菓子屋さんの二代目や三代目も多かったので、お店での和菓子づくりについて話を聞いたり、実際にクラスメートの実家のお店まで足を運んで厨房を見せてもらったり、餡のつくり方を聞いたり、職人さんにも話を聞かせてもらったりしました。どんな設備が必要か、仕入について、豆の見立て方などなど。和菓子づくりの実情について、本当にしつこいくらいヒアリングしました(苦笑)。そうして得られたものは何物にも代え難い財産になっています。
|開店準備-その1|
徹底的な調査から見つけた“お店のスタイル”。
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休みの日に都内各所や鎌倉、ときには京都など、美味しいと評判の和菓子屋さんに足を運んで食べに行き、どんなお店にするかを考えたりしながら、本格的に準備をはじめたのは卒業を控えた1月。独立開店の場所は、最初から地元の千葉で、と決めていましたから、千葉周辺を重点的に店舗探しをスタートしました。
競合となる和菓子屋さんや甘味処をすべて食べ歩いて、徹底的に調べました。そのなかで気づいたのは「餡から手づくりしているお店って想像以上に少ない」ということ。であれば、学校で身につけた技術を活かして「手を抜かず、徹底的に手づくりにこだわれば勝負できる」と思ったんです。他店がやってるから、と、おだんごや大福などの定番に手を広げることに捕われず、自分たちの手を使ってできるもの、手でこしらえる上生菓子や自家製餡で勝負して『本物をつくって出す本格的な甘味処』としてお店の個性を打ち出そう、となったんです。
|開店準備-その2|
準備の段階で『学校のブランド』が活きた。
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開店準備では、結果的に学校や和菓子科の先生のネームバリューを存分に活用させてもらいました。たとえばお店で使う食器を探しに行ったとき「東京製菓学校にいました」「○○先生に習ってました」って言うと、「そうなんですか。ウチもお世話になっているんですよ」って、いろいろ相談にのってくれたんです。
資金のこともあって最初から立派な設備を整えることはできませんし、製造のスペースも器具も限られている。そのなかで本当に必要な資材や器具を揃えていかなければならない。結局、相談にのってもらえたことで、当初想定していたより資材を減らせて、開業資金を抑えることにもつながりました。「学校のブランドって、ホントありがたいな」って実感しましたね。
|お店のこだわり|
常につくりたての風味を楽しんでもらいたい。
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そうした準備を経て、卒業から半年経った2003年秋に夫婦でこの『甘味処 楓』をオープンし、もう12年になります。お店は基本二人で切り盛りしています。じつは、妻も東京製菓学校の卒業生なんです。私が主に和菓子づくりの肝となる自家製餡や打菓子などを担当し、妻が上生菓子など、女性らしいしなやかさを活かした繊細な手仕事を行っています。
常につくりたてを食べていただきたいので、つくり置きはせず、お餅や白玉なども注文を受けてからつくり始めます。和菓子屋さんならではの、お赤飯なども用意しています。一番のこだわりは、国産の小豆からつくり上げる『完全自家製餡』。ほんのり甘い小豆の風味をしっかりと感じていただけると思います。豆から手づくりすると、餡の風味は全然変わってくるものなんですよ。
|お客さまについて|
関西出身のお客さまも多いのが特徴です。
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お店にはいろいろなお客さまが来てくださいます。老若男女や家族連れの方、近くに千葉大学もあるので、学生さんも少なくありません。ほかにも、小学生の子がひとりで食べに来たり、男性のひとり客もいらっしゃいます。意外だったのは、関西出身のお客さまが多いこと。最初はなぜか分からなかったんですけど、京都や神戸出身のお客さまが「関東ではなかなか食べられない」「懐かしい」って言ってくださるんです。じつは地元の千葉のあんこは塩を入れるのが一般的なのですが、ウチの自家製餡は素材の風味をできる限り活かした餡にしたかったので、あえて入れていないんです。そのせいで関西の方にもどんどん人気が出てきたようで、週末などは、店内の会話はもしかすると関西弁のほうが多いかもしれません(笑)。時間をかけて丁寧につくった餡が、いろいろな方に喜んでいただけて、とても嬉しく思います。
|これからの目標|
もっと伝統の和菓子文化に触れてほしい。
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開店後は不安になることもありましたが、自分を信じて続けてきた結果、常連さんも多くなり、季節の上生菓子はお茶会用の大量注文が入ることも増えてきました。これまでやってきたこだわりを大切にしながら、より技術を高めて、もっともっと良いお店にしていきたいと思っています。また、地元の中学校の職場体験なども受け入れて、子どもたちに和菓子に触れてもらう機会をつくったりもしています。伝統のある和菓子という文化に愛着があるので、廃れてほしくないんです。
これから和菓子職人をめざす人には、豆から餡をつくることなど、基本を疎かにしてほしくないと思っています。基本を一生懸命勉強すると、和菓子の奥深さが分かるし、本当につくることが楽しくなります。この業界をめざす人には、ぜひそこのところを覚えておいてほしいですね。
甘味処 楓
石渡さんご夫婦の和菓子へのこだわりと愛情を感じさせる甘味処。おしるこやぜんざい、あんみつなどで、国産小豆を使った完全自家製餡の風味を楽しめます。駅前の喧騒とは無縁のひっそりとした佇まいも、居心地よいお店です。
〜石渡さんのオススメの和菓子〜
○つぶあん:丹波大納言を使用。豆をつぶさずに蜜漬けみたいにしたら好評で「ここのを食べたらほかでは食べられない」って言ってくださるお客さまも多いとか。
○季節の上生菓子:毎月変わる上生菓子は季節を感じさせる逸品。雑誌でも特集されたことが。
千葉県千葉市稲毛区緑町1-20-7
JR総武線西千葉駅から徒歩3分
WEBサイト
http://blog.livedoor.jp/kanmidokoro_kaede-homepage/